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大晦日今むかし

けったいな女とお思いでしょうが、わたしは暮れとお正月を一人で過ごすことにした。

クリスマスを家族と過ごしたり、年末年始に親の家や本家に集まるのは普段一人暮らしの人、あるいは遠くに離れている人には楽しみだろうが、わたしは帰国以来毎日が小さい子に囲まれている。

賑やかというのは控えめな表現で、喚くか泣くか歌うか喧嘩してるか、それにピアノの音に犬の吠え声。

幸い、長男宅は一昨日から誰もいなくなった。家の留守番をするという名目で、好きなだけテレビを見、好きなだけ本を読んでいる。ハッピー

日本では自分の車がないので食料品はネットスーパーで買う。付近のイトーヨーカドーから。ネットスーパーでも食べ物のデリバリーでも一度頼むと宣伝メールがどんどん入る。

『片付けや大掃除で忙しい時、デリバリーでお食事が出来ます』

『1月1日もお届けします!お刺身やお寿司のご馳走メニュー』

『配達は1月1日からです!』

現代人はどれだけレイジー(怠け者)なんだろう。
昔は大晦日には既に店はみんな閉まっていて、主婦はそれまでに御節料理の材料は全て仕入れておいたものだ。
日持ちするものや時間が経った方が美味しいものからどんどん作っていった。昔は冷蔵庫などなかったのだから、年内に作ってしまう御節料理は基本的に日持ちするものばかり。
店は三が日休みだっだから、作りだめしておく必要もあった。

それがどうだ。1年365日ネットスーパーは配達してくれ、店舗は休み無し‼︎休みがないどころかクリスマス前から三が日まで朝1時間早く開店‼︎

じゃあ作り置きもしなくていいわねと思うが、そうではない。デパ地下の「(予約の)おせち受け取りコーナー」にはまたしても人の列が出来ていた。年輩の女性も少なくない。あんた、お煮しめに黒豆ぐらい作れないのか⁉︎

既製品の箱入り御節はかなり高い。大きなお世話ながら、母にも娘にもあんなものに高いお金を出すのは愚の骨頂だと言ってやった。よろず何でもエスカレートしてお金をかける、かかるようになったもんだ。

日本に住んでいた昔も、ロスアンゼルスに引っ越した後も我が家で毎年欠かさない日本の風習が年越しそば。ロスの娘や孫にも時間をずらしてでも食べさせた。

ということで今年は長男宅でわたし一人ですが、これからお蕎麦の仕度にかかります。

みなさまも良いお年をお迎え下さい。今年一年、拙ブログにご訪問ありがとうございました。


戦々恐々

ノロウィルスによる胃腸炎風邪が大流行だそうで、わたしは罹ったことがないから戦々恐々としている。
冬休みに入るかなり前から孫達が通う学校や幼稚園でも罹患者が出ていたそうで、孫→わたしと移っては堪らないから手をよく洗いなさいと彼らが帰宅する度に言う。

驚嘆したのは東北の幾つかの湾内の海水からノロウィルスが見つかったこと。先週ニュースで言っていた。どうも人間から出たものらしいとのことだった。日本もいまだに汚水が海に流れ込むのだろうか?それで生牡蠣は食べないようにという警告。。母と、だいたい牡蠣を生で食べなくてもいいんじゃない?と話したことだった。

また先日、熊をローストビーフならぬローストベアにして食べた人達が、熊の体内にいた線虫も食べお腹を壊したのか入院したとネットニュースで読んだ。これだけ食べ物が豊富に出回ってるのに野生動物を食べるのは何でだろう。ま、そのうち食糧不足も深刻になると思われるから、熊でも蜘蛛でも食べる日が来るかもですけど。

たまに妙に暖かい日はあったが、しかしもう年末だから次第に寒くなってきた。寒いか雨が降るかで、どっかに出かけようという気にもなれず、わたしはだんだんふてくされてきた。

よってネットショッピングばかりしている。スマートフォンの小さい画面で商品を見比べるのは簡単ではなく、そして色々なショッピングサイトを見るからあっという間に時間が経って、暇つぶしにはもってこいだ。

どのサイトに行ってもポイントが2倍つくだの3倍つくだのと購買心を煽るが、わたしはさっぱり分からず、おそらくポイントがたまってもどう利用するのかも分からないだろうからもう無視することにした。

ついつい、あと幾らで送料無料になりますに乗せられ、欲しくないものは買いたくないから、さらに念入りに探して予算オーバーになる。アメリカのネットショッピングのほうが簡単に思える。ポイントもデパートカードぐらいにしか付かないと思う。


内容が無い内容になりましたが(笑)、WOWOWで映画「American Sniper」が始まったのでこの辺で。アメリカでは封切り前にかなり話題になり、基になった実話の主人公の未亡人までテレビに出ていた。わたしは映画館で見る根性がなく今日が初めて。主演のブラッドリー・クーパーはこの後色々な映画に出演、好きな俳優です。この映画はクリント・イーストウッドが監督した。

午後見ていたNHKBS1での、アメリカ製作のドキュメンタリー番組でもそうだったが、カスワードにビープ音をかけたり音声を消さずにそのまま流すのにはびっくり。わたしには懐かしくて良いが。

クリスマス

昔々、知り合いの人の奥さんがアメリカ人で、若い彼女がアメリカが一番恋しくなるのがクリスマスの時と言っているのを聞いて、わたしは一念発起して彼女とだんなさん、それに家族ぐるみの友達や若い人達を招待してクリスマスホームパーティーを開いた。

その頃は一般家庭でチキンの丸焼きなど作る人はほとんどいなかったろう。デパ地下で、たくさん買って来た出来合いの鶏モモのローストは焼き足りなくて(火が通っていないというのではないが)、払ったお金ほど美味しくないどころか、全く食べるのに困るほどまずかった。恥ずかしい。それから幾星霜、アメリカに住み、チキンのみならず七面鳥の丸焼きも作った。

久しぶりにクリスマスシーズンを日本で過ごしているが、今ほとんどの家でクリスマスを祝い、街中クリスマスのデコレーションやイルミネーションで賑やかになるものの、あのアメリカ人女性の気持ちが分かる気がする。

月日は経ち、今はわたしの伝統を継承したのか、関係ないのか(笑)、日本に住む長女が毎年クリスマスパーティを開いている。

クリスマスの2日前だったが、長女宅では昨日がそのパーティ。総勢18人。最年少1歳の赤ん坊含め、子供が8人。今年は誰も大泣きせずに無事終わった。

一方、おばあちゃん抜きのクリスマスを迎えるロスの孫は、おばあちゃんがいなくて寂しい、おばあちゃんの作ったご飯が食べたいと言っているそうで、どこに行ってもおばあちゃんはモテる。(笑)

Christmastree_2016_s

これはロスの孫宅のクリスマスツリー。アメリカではこのようにツリーの下にプレゼントの箱をたくさん並べる。クリスマスの朝起きると、プレゼントを開けて大喜びするわけです。

日本に発つ前に、おばあちゃんからのプレゼントとして娘に小切手を置いてきたが、さて何を貰うのだろう。

昨日(23日)は12月とも思えぬ暖かさで、小学生の孫二人と買い物に出たわたしは汗をかいたが、今日は再び寒くなった。回りは若いのも子供もみな風邪を引いているが、わたしは何とかもっています。(笑)

孫が走り回る家では、記事を書くのもままなりません。今日はこの辺で。


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「寒話」休題

わたしにとって日中最高気温が10℃ぐらいで風があるとほんとに寒くて、そりゃそうだ、ロスにいたら今の時期の朝方冷えたときがそのぐらいで、まだベッドの中にいるのだから。

車がないから、ちょっとクリーニング屋に行く、ドラッグストアに行くといっても歩きだ。こう寒いと、歩くのは健康に良いとも限らないのじゃないか。ここらは坂が多く、早道をしようと思うと階段も使うので、「健康的に」1万歩も歩いた日は膝が痛くなる。

教育テレビの番組で言っていたが、身体に良い歩き方は、下り傾斜では爪先から先に地につけ(膝の負担にならない)、上り坂では踵から先に地につけ、足の裏全体を使ってあるくのだそうだ。

結構な傾斜の下り坂で爪先から先につけてごらんなさい、爪先立ったまま歩く羽目になる。(人から見たらさぞかし可笑しかろう)

お年寄りの運転事故。ブレーキと間違えてアクセルペダルを踏み、「ブレーキが効かなかった」と言い張る類い。あるいは高速逆走。

アメリカでも起こるが、運転する人口が圧倒的に多い車社会にしては、日本ほどお年寄りの運転能力の衰えによる事故、認知症の障害による事故の数は少ないと感じる。(高齢者の事故数を調べたわけではありませんが)

わたしの考えでは、その理由の一つはアメリカ人は毎日ベースで運転するからだと思う。仕事を引退しても車なしではどこにも行けない。スーパー、外食、友人宅、医者通い、どこに行くにも車。歳をとって子供と同居する人は稀なので、自分で運転する=生きる、となる。毎日毎日、靴を履くのと同じように、自宅を出ることは車を乗ること、の日常であれば、高齢になっても運転が出来るのではないかと思う。

しかし、ロスでも恐ろしいようなノロノロ運転の老夫婦は見かける。ノロノロ運転では、人にぶつけられることはあっても、自分のほうからはぶつけないから、そこそこ無事なのだ。

ということで、わたしは自分で運転出来る車を持っていないので、車を買おうかと思っている。寒い日に何日もせっちん詰めじゃあ、おもしろくない。

帰国する度、運転者のマナー、民度の低さが昂進していると感じる。ここらのように、ほとんどの住人が日本基準のミドルクラスである住宅地で、子供の姿も多く、乳母車を引くお母さんも多い町で、この運転マナーの悪さは呆れるばかりだ。

例えば、歩行者横断の白線がある交差点では、自分のほうに「止れ」の表示がなくても少なくとも減速して交差点に入る。その交差点の端に歩行者、小さい子連れ、乳母車のお母さんがいたら、車のほうが「譲って」歩行者を渡らせてやるべきだ。そういう歩行者が多い、住宅街の交差点で、車は減速もせず当然の権利のように交差点を走り抜ける。

ショッピング街の駐車場でもしかり。エレベーターに向う歩行者用の斜線が引いてある箇所は、人が渡ろうとしたら車は待つべき。わたしは車を運転している人を信用しないので、渡るときは手を挙げ、ドライバーの顔を見る。娘と孫と一緒だったので、わたし達は渡りますという意思をはっきり伝えるため手を挙げて歩くと、ドライバーのババアに睨まれた!そして、彼女は娘と孫を渡らせず、通り抜けていった。何という品のなさ、モラリティーの欠如!!

車を運転する者は、道を優先的に使う特権があるとでも思っているのではないか?そのくせ、車をとめる時は下手くそで何度も切り返すから、大笑いだ。

それからまだある。日本ではスーパーで、お金を払ったあと、テーブルで自分が袋に入れる。混んでいる時間は、カゴを置くスペースもないことがある。そんなことはお互いさまで、他の人も置けるようにカゴを寄せたり、譲りあうのが普通の感覚だろう。

先日は、狭いスペースしかなかった娘が、ジイサンのカゴのすぐ隣、きつきつのスペースに置いたら、そのジイサンは自分のカゴで乱暴にどんと押した。娘のカゴは10cmばかり動く。その意図はありありで、わたしは娘の袋詰めが終わるまでじっと睨みつけていた。

これまたミドルクラスが住む、大きな分譲マンションが林立する地域のショッピングセンターである。

嘆かわしい。

わたしが言いたいのは、これらを経験した町は、「貧すれば貪す(ひんすればどんす)」の地域ではないのだ。「衣食足りて礼節を知る」の生活レベルのベッドタウンと思うが、何と情けない。

日本では慣れないことが多く、それにいろいろな用語が分からない。先日アマゾンで本を注文したら、PCで読むkindle版が来てしまって、がっくりだった。

インターネットでモノを買うと、まずオーダーありがとうございますのメールが来、それから発送の知らせのメールが来ると思い込んでいたが、音沙汰なしでいきなり到着。わたしは近眼と老眼で、PCで長く読むのは疲れるので、PCで本を読んだことがない。

案の定、非常に疲れ、それに1パージの字数が少ないから、ちょっと読んでは>印をクリックで、興ざめする。

ということで、愚痴はこの辺で。


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