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ショックです

YahooJapanで歌舞伎役者、中村勘三郎さんが亡くなったことを知った。近年の活動や病気療養に関する情報を読み、画像を眺めてはショックさめやらずでした。

実を言うと一瞬、「勘三郎」の名前ではピンと来なかった。あの、「勘九郎」さんだったと認識して残念無念である。

18代勘三郎を襲名したのは2005年だったそうで、20数年もロスに暮らすわたしには「勘九郎」のまま。

歌舞伎界の御曹司カンクローのイメージだけが残っている。

歌舞伎役者というのは子供のときから舞台を踏むが、それを別にして「勘九郎」さんは幾つぐらいだったろう、20歳になる前から度々メディアに取り上げられていたように思う。

目が切れ長で綺麗な顔をしているのだけど、童顔で歳より若く見えてそれは可愛かった。長いこと彼の若々しい顔を見ていたので、わたしは自分と親子ほど違う年齢という勘違いがなかなか直らない。

Kankuro Kanzaburo_18th_ntv2005

歌舞伎の画像というのは少ないものですね。かなり粘って探したが、若いカンクローの画像はほとんど見つからず。左は何年の画像か不明も、若かりし頃のカンクローのイメージは分かると思います。画像右は若く見えるが2005年の日本テレビの時代劇だそうだ。

Kanzaburo_17th Kanzaburo_ichikawadanzo8th Kanzaburo_17th_morimitsuko

「勘三郎」さんというと、わたしには17代目中村勘三郎しか頭に浮かばない。もちろん彼の父上です。勘三郎さんは88年に亡くなっているが、わたしが日本にいた頃はバリバリでご活躍。いかにも一徹で対談などに出られても、怖い雰囲気でした。

真ん中の画像は左が先代勘三郎、右は八代目市川円蔵。画像右の女性は森光子さん。

*

わたしは歌舞伎に知識もなく、田舎で育ったので東京に住むようになって2度しか歌舞伎を見たことがない。知り合いの年配女性が歌舞伎座へ連れていってくれたもの。

何十年も前のことで、出し物も何だったか忘れてしまったが、初めての時はワケわからずイヤホーンで流れる解説やパンフレットを読みながら観る有様だった。

Kankuro_newyork 

数年前日本帰国時に、現勘三郎さんのニューヨーク公演を追ったドキュメンタリーを見て感激した。

歌舞伎役者の57歳はまだまだやれる歳なのに、実に残念です。ご冥福を祈ります。

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